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三重の関宿を町並み視察

今日は三重県の歴史的景観保存地区である関宿を視察してきました。
高速で1時間半ほどで行けるので午前8時に出発。思った以上に名阪国道が
空いていて早めに到着。時間があるので亀山宿にも様子を見に寄りました。
亀山宿はカラー舗装がされているも町並み自体は大したことはなく、
古い家も今風の家も混在し魅力的なところはありませんでした。そして
再度関宿に戻って役場横の無料駐車場を見つける。駐車場のすぐ
横手には足湯があり、無料で入ることができます。また、無料の民家を
改装した休憩場があちこちにあり、観光客へのおもてなしがなされています。


関宿は直線で全長1.8kmある宿場町でたくさんの歴史建造物の佇まいを見ることができます。
多くの観光バスも入ってくるようですが、長島温泉やなばなの里などの大観光地への
お客の時間調整に寄られることが殆どのため、長時間対流してもらえないのがネック。
よって食事処が規模の割に非常に少ない。ある雑貨店に入って奥さんにお話を
聞きましたがここの観光客だけではどの店も生計が立っていない。
皆働きに出て家を守っている。家の修繕費はどうやって稼いでいるのか
聞いてみると通り沿いの修景には市から7~8割の助成金が出ているようです。
ただし、家中や裏側は一切助成がないとのこと。
昔ながらの人の営みがありますが実情はかなり厳しいようです。
それでも亀山宿と関宿はお隣だが関宿は独立してやっていける
町力があるんだとプライドを持ってやられています。
先般伺った馬籠と妻籠の関係と非常によく似ています。

町に入ってまず思うのは空が綺麗。つまり電柱が一本もないんです。
羨ましいです。この景観なくして修景なんてあり得ない。
見てください。


電柱は地面に埋めていません。すべてこの通りから一本裏側に立てて 各家庭に引いています。
なので通りは無電柱になります。
うちのエリアもこんな風にできないものか?
電線は鬱陶しいです。関電の利便性のために町の景観が潰されています。

金曜日のお昼時、人は殆どいないのでこんな風景が撮れます。
余計な客引きもなくしずかな宿場町です。


これは江戸時代から続く町の鍛冶屋さんですが、4~5年前までやっていました。
十二代目で廃業。今は資料館になっています。
当時の道具がそのまま置いてあり今すぐにでも始められるほど
リアルな資料館です。中では亡くなられた先代が造った包丁が
在庫限りで売られています。なんか悲しいです。このまま是非残してほしいし、
堺の若い職人なんかがここへ行って引き継げないのかなど考えてしまう。
おばあさんのお話はすごく悲しく聞こえました。

総評として、まじめに地元民が保守保存をしているところほど観光だけで
生計を立てることは難しく、かといって他所からの流入者が入ると
商売っ気いっぱいで本来の宿場町の佇まいからはかけ離れてしまう。
非常に難しい問題です。
私はこの町を見たときに最初思ったのはシャープ亀山工場の税金が
あぶく銭のように町に落ちてその潤沢なお金で修景もできるのだと
思っていましたがどうやら地元の古い企業の納税で修景費用を
捻出しているようなコメントも聞けました。
大手資本が入ると地元もやらされている感が湧いてきてまとまりが
なくなります。町を守るのは地元民と地元企業。これは大事な図式です。

 

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